こんにちわ、れんちゃんパンダです。
今回は、田坂広志著『直観を磨く』を読んでの感想になります。
科学的な立ち位置からスピリチュアルみたいなことを語られていて、とても興味深い内容でした。
量子物理学のゼロ・ポイントフィールド仮説について、著者なりの体験談をもとに書いているものである。
とても面白い気づきがあるものになっているので、私の解釈を交えながら、書いていこうと思います。
それでは、みてみましょう!
それでは、始まり始まり、、、
ゼロ・ポイントフィールド仮説とは
ゼロ・ポイントフィールド仮説は、20年以上前からあったらしく、簡単に言えば、アカシックレコードであろうと思う。
真空空間の中にホログラムの記憶があり、『もう一人の自分』とつながることのできるいわゆる天才は、ここにアクセスしているという話である。
ここでいう天才とは、秀でたものではなく、『自己限定』をしない。
自分を信じ、大いなる何か、を信じ、つながっていると信じてる。だから、大いなる何かから閃きが『ふってくる』『おりてくる』などと、表現する作詞家、作曲家がインタビューでいう、このことがそれなのであろう。
ゼロ・ポイントフィールド仮説とは、例えば、箱のような囲まれた空間を空気を抜いて真空にした状態で、その中にホログラム記憶が存在し、波動エネルギーも確かに存在する事のようである。
囲まれた空間だけに劣化もしない。宇宙の始まりから記憶しているということのようである。
スピリチュアルとは
ここで言うスピリチュアルとは、心霊現象などではなく、精神的なという事である。その世界では、アカシックレコードが宇宙のどこかに存在すると考えられてきた。
アカシックレコードとは、全知全能の全知である。
『悟り』という言葉があるが、修行僧が厳しい修行の末に辿りゆく境地だと思ってほしい。
その境地なら、エゴが鎮まり、つながりやすいとされている。
つないでくれるのが、守護霊とかハイアーセルフとか言われている。無の境地などと言われている。精神的ブロックを排除した状態でもある。
書籍では、『もうひとりの自分』『自己限定』とされていた。
では、偶然の一致をみしているわけだが、これは、科学的にスピリチュアルと同じことを言っているのだろうか?
ゼロ・ポイントフィールド仮説はスピリチュアルではないのか?
ゼロ・ポイントフィールド仮説は、あくまでも仮説であると著者は述べているが、数々の体験しているので否定でも肯定でもないとしている。
数々の体験から信じるという。荒唐無稽な話ではないとしている。
ゼロ・ポイントフィールド=アカシックレコード
もうひとりの自分=ハイアーセルフ
自己限定=精神的ブロック
真空空間に閉じ込められた劣化しない記憶、波動エネルギー、ホログラム記録、
聞けば聞くほどスピリチュアルなのだが、私がスピリチュアルに傾倒した為かもしれない。
偶然の一致(シンクロニシティ)ともいうべきであろう。
信じるか信じないかは、あれと同じである(笑)
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回は田阪広志著『直観を磨く』の感想でした。
まとめますと
- 箱のような囲まれた空間を空気を抜いて真空にした状態で、その中にホログラム記憶が存在し、波動エネルギーも確かに存在する事のようである。囲まれた空間だけに劣化もしない。宇宙の始まりから記憶している場所がある。
- 精神的な無の境地になれば、大いなる何かと繋がれる。
- 聞けば聞くほどスピリチュアルなのだが、私がスピリチュアルに傾倒した為かもしれない。
科学的には、まだ証明が必要であるが、仮説であれ、論文がでて、信じる科学者がいたことに驚いた。
田阪広志さんは、『直観を磨く』の中で、天才でもなんでもない人間でも、つながることは出来るとしている。
『大いなる何かと繋がっている』『大いなる何かに導かれている』と信じれば、未知なる才能は開花する可能性はある。と、いち科学者が言っていることに敬意を表したい気持ちになりました。
興味がある方は、一度、手に取って読んでいただきたい。とても興味深い内容でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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